夢のはなし

瞑想をするようになってすぐに、眠っている時に見る「夢」が変わったのを覚えています。

もっと具体的に言うと、夢を見ていることに自覚的になる、あるいは、夢を覚えていることが多くなりました。

 

夢の中で私たちは、必ずしも実際の私ではなくて、見知らぬ人物であったり、時にはよく見知った人物として登場します。

 

夢の中で、実際には自分ではない誰かを自分として認識している。

その誰かは、実際には自分ではないので、決してしないような言動をするのです。実際にはまずこんなことは言わないということを、平気で言ってのけたりする。

 

この面白さ!

 

夢の中では、誰にだってなれます。

でも実際には、この、私です。ところで、なんでよりによってこの私なんでしょうね?面白くないですか?どうしてこのような言動を好む「私」であるのか、それが不思議でなりません。

 

ここにもはっきりと、私たちが二重構造として存在しているのを見て取れます。

どのような私にもなれる〈私〉と、この世界を実際に立ち回っている「私」。

 

で、ヨーガでは私たちの本質は前者の〈私〉であると説きます。

これがわかれば、色んな言動を好悪する「私」に苦しまされる必要はなくなるわけです。だってそれは本質ではないから。

 

 

瞑想とは面白いもので、夢の世界も現実の世界もこのように様変わりさせてしまいます。そして、世界は自分の中にあるのだということを教えてくれます。この、鳥瞰的視野を持つ自分を自覚すれば、文字通り見える世界が様変わりして行くわけです。