坐法のこと

坐法とはアーサナことです。

 

ヨーガといえばポーズをとること=アーサナを連想しますが、実際のところヨーガスートラにはアーサナについて以下の3節が述べられているのみです。

 

 「座法(アーサナ)は安定していて、快適なものでなくてはならない」(2-4)

 

 「緊張をゆるめ、心を無辺なものへ合一させなくてはならない」(2-47)  

 

 「その時、行者はもはや寒熱、苦楽、毀誉(きよ・悪口と賞賛)、褒貶(ほうへん・褒めること

 とけなすこと)等の相対的状況によって悩まされることはない」(2-48)

 

具体的な坐り方には一切ふれておらず、あくまで瞑想のための坐法として書かれているのみです。

その「瞑想のための坐法」について、もうちょっと詳しく説明します。

 

禅宗では「結跏趺坐」、あるいは「半跏趺坐」で坐ります。結跏趺坐はパドマ・アーサナとも呼ばれ、アーサナの最終段階ともいえる坐法で大変難しいため、半跏趺坐で坐ってもかまいません。これがキツイとなると、私は「達人坐」を勧めています。それも無理なら「安座」。

難易度でいうと以下の順番です。

 

 

結加趺坐(パドマ・アーサナ)

 

片方の脚を出来るだけ引き寄せて付け根にのせ、もう片方の脚をももの上にのせる。

 

 

半跏趺坐(アルダ・パドマ・アーサナ)

 

片方の脚を出来るだけ引き寄せ、もう片方の脚をももの上にのせる。

 

達人坐 (シッダ・アーサナ)

 

片方の脚を出来るだけ引き寄せ、もう片方の脚をふくらはぎの上にのせる。

 

          

           安座  (スクワ・アーサナ)

さらに左右の脚どちらを上にするかで吉祥坐、降魔坐(ゴウマ坐)と名前がついています。右上が吉祥坐、左上が降魔坐です。

瞑想一回(一炷/いっちゅう)ごとに左右を組み替えるようにします。

 

坐法は、一炷むりなく坐れる坐法でかまわないのですが、できれば安座より達人坐、半跏趺坐より結跏趺坐で坐るのがいいと思います。というのは、結跏趺坐とはまさに瞑想のための坐法であり、自然と背が伸び、すっと入ってゆく事のできる究極のアーサナだからです。私の場合、楽な坐り方ほど、そのままぐだぐだっと眠ってしまうことも多いです。

 

難しい坐法には脚の痛みという問題がありますが、「痛み」は瞑想において重要なものです。物理的な「痛み」というものを手がかりとして、それを手放したところに入ってゆく入り口にもなるからです。時間をかけて、無理のない範囲で坐法を調えてゆくのがいいと思います。

よく「痛みのない、坐禅を組みやすくするアーサナはないか」と訊かれますが、ちょっと一言では答えられなくて、アーサナを総合的に行う事と、実際に坐禅を続けることのみが近道ではないかと思います。坐禅の脚は坐禅でしかトレーニングできません。一夜漬けでどうにかなるものではないのです。

 

 

瞑想とは、人生をそのものであり、人生を通して続ける事ができるこれ以上ないエキサイティングなものです。この世界で最も面白いものは足元にあるんです、是非瞑想を始めてみて下さい。