変えることのできないことを受け入れる平静さ

THE SERENITY PRAYER

O GOD, GIVE US

SERENITY TO ACCEPT WHAT CANNOT BE CHANGED,

COURAGE TO CHANGE WHAT SHOULD BE CHANGED,

AND WISDOM TO DISTINGUISH THE ONE FROM

THE OTHER

 

神よ 

変えることのできないことを 受けいれるだけの平静さをお与えください

変えるべきことを 変えるだけの勇気をお与えください

そして それらを見分けるための智慧をお与えください


今日は前回に続いて、この中の「変えることのできないことを 受けいれる」ことについてお話しします。

変わりようのないことを求めることをせず、現状を(たとえ悪く見えても)受け入れよう、ということですね。

しかし、このことをきちんと理解して、また実践できるまでになるのはもの凄く難しいことです。なんせ我々は現状に満足せず、目の前にありもしないことを欲しがるようにできていますので。

実は、現状を受け入れることさえできれば、その時完全に満たされていることに気づけるのですが、そんなことはしたいとも思わないし、またそのような発想すらない、というのが実際のところです。

 

で、「できないことを 受けいれるだけの平静さ」とは、「マインドフルネス」にほかならないと思います。マインドフルネスとは、瞑想で入っていったところにある風景のようなもの。

 

誰にでも困難や逆境はあるでしょうが、それら、今現にある、認めたくない現状を受け入れることさえ出来れば、それらはその瞬間に困難ではなくなります。

現状に対して「こんなことではダメだ」とか「考えないようにしよう」とか「しょせんこんなものだ」とか、色んな事を考えては結局のところ何とかしようとする、このこと自体が現状を困難なものにしています。

そうはいっても、なかなか受け入れられるものではないのも実際のところ。

 

ではどうすればいいかというと、瞑想をすることです。

瞑想で、何かを手放してそこに入ってゆきます。そこには良いも悪いもないですよね、その経験を何度も繰り返す事で、日常の風景も良い悪いのいちいちに悩まされることなく観ることが出来るようになってゆきます。まあこれは理屈でどうこうと言う話ではないのでうまく説明できませんし、瞑想を本腰入れてじっくりやるしかないです。

 

 

さらにいえば、前回書いた「変えるべき事を変える」ことも、やはり瞑想で入ってゆくこの場所でしか出来ないと思っています。エゴが何かを変えても、それは形をかえることはするかもしれませんが、また別のものに姿を変えてあり続けます。エゴにはせいぜいそれくらいのことしかできません。